2007年07月08日

ドラゴンボールの思い出2

ドラゴンボールで戦闘力が登場しなくなったのは何故かというと、数値のインフレが起こったからだと僕は感じている。
前の記事にも書いたが、ナメック星でフリーザが変身をし出すころから、戦闘力という概念がドラゴンボールの世界から消滅した。

確か、フリーザが第2形態になった時に、「ちなみに今の戦闘力は100万は下らないな」といったのを最後に、戦闘力という言葉は登場しなくなったと思われる。

おそらく作者は、100万以上に数字が大きくなると、もう少年たちの数値感覚が追いつかないと思ったのだと思う。毎月のお小遣いが1000円そこらの小中学生にとって、100万というのはとんでもなくでかい数字である。天文学的数字であると言ってよい。それがどれくらい大きな数字なのか、想像がつかなくなってしまったのではないだろうか。

多分少年たちにとっては、100万も1億も同じである。だから、それ以上強さを戦闘力で表しても、少年はどれくらい強いのか、もう検討がつかないと判断したのだろう。

そういうわけで、強さの指標として、戦闘力が登場することは無くなった。しかし僕はマンガを読みながら、ずっと気になっていた。最終的に、Z戦士たちの戦闘力はどれくらいまで上昇したのだろうか?今や僕は大学を卒業して、会社に入った。

何百万円とか、何百億円とかいう数字も、何となくだが、想像できるようになった。そんな今、改めて、ドラゴンボールを戦闘力という視点から見直してみたいという衝動に駆られるようになった。ということで、このブログでは、主要な登場人物の戦闘力の変遷を追って行きたいと思う。

特にフリーザとの戦いを終えた一行の戦闘力がどのように変遷して行ったのかを、個人的に調べてみたいと思っている。
posted by ドラゴンボール戦闘力 at 21:11| ドラゴンボール 戦闘力

2007年07月07日

ドラゴンボールの思い出1

僕はドラゴンボール世代である。ドラゴンボールZを見ながら夕食を食べ、次の日、学校で何かにつけてドラゴンボールの話題をふりまいたものだった。単行本が出るとすかさず買い、悟空の顔をうまくかけるように何度も何度も落書きを重ねたものだ。かめはめ波をうつ真似をしてみて、何も出ずにがっかりしたりしたりもした。

そんなドラゴンボールには、様々なグッズが登場した。物質を原子レベルに分解し、再構成をすることで何でも小さいカプセルの中にしまい込めてしまうポイポイカプセルや、ドラゴンボールを集めるためのドラゴンレーダーもあった。サイヤ人の宇宙船もなかなか粋だった。

しかし僕が最も熱を上げたのは、スカウターだった。どうやって顔にフィットしているのかは未だに謎だが、あの緑の洗練されたフォルムに未来を感じずにはいられなかった。

最近はヘッドマウントディスプレイといって、メガネのレンズの中に映像が映るようなデバイスもでき始めているが、あれのハシリがスカウターだったのではと勝手に感じているし、またヘッドマウントディスプレイの究極はスカウターであろうとも勝手に感じている。あれに憧れて緑のセロハンと段ボールで作ってみたりした経験は、誰にでも一度くらいはあるのではないだろうか。

しかしスカウターの魅力はデザインではなく、それが人間の強さ、「戦闘力」を計ることができてしまう、ということが僕をはじめちびっ子たちの興味をさらったのである。「戦闘力」。なんて男の自尊心をくすぐる言葉だろう。しかしその戦闘力も、残念なことにドラゴンボールの終盤にはあまり登場しなくなってしまった。確か、フリーザが変身をしはじめたころからだったように思う。
posted by ドラゴンボール戦闘力 at 22:10| ドラゴンボール 戦闘力